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2017年12月

2017年12月22日 (金)

怒りのエネルギー2

前回より

実はその時、感情的に母に「お説教」している自分を、もうひとりの自分が見ていました。見ながら、こう考えていました。

「与えたものが受け取るもの」「同じ波長は引き寄せあう」という法則が正しければ、遅かれ早かれ自分も同じような目に合うことになる。

いや、これは誰が聞いても立派な正義だから、そんなことがあるはずがない。大宇宙とやら、私に変なものを与えようってなら、やってみな。受けて立とうじゃないか、とあくまで強気でした。

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翌日、私はコンビニでコーヒーを買うために並んでいました。レジの前には長い列。支払いを済ませ、レジ横のコーヒーカウンターで淹れたてを受け取ろうとした時です。おにぎりを二つカウンターの上に置いたおじさんがいました。

バイトの女性が「すみません、あちらの列でお待ちいただけますか」とおじさんに言うと…

おじさん突然に「なんだってsign02ここには誰も並んでいないんだから、いいだろsign01」と大声で怒鳴り出しました。

「あちらで並んでいただいているのです」

「そんなもん、どこに書いてあるsign03」と、おじさんはますます大声で怒鳴り散らします。

最近のレジの前の床には、並ぶ場所が点線などで表示されていますが、そのシステムには慣れていない年齢のようでした。長い列は陳列棚に隠れておじさんからは見えません。

押し問答の末、おじさんの罵声が勝利して?おにぎり二個が買われていきましたriceballriceball

ああ、ひっさしぶりに見たわ~、怒鳴り散らす人間を…やっぱり昨日私が怒ったから、同じように怒る人を見せてくれたのかしら。

さすが大宇宙とやら、やりよる。最近の物事の巡りは早いって言うけど、早いよ早いよ、速攻だわよ。感情に振り回されるアホさを見せてくれた。と反省しながら電車に乗ると…

なんと私の前に座ったのは、あの「おにぎりおじさん」ではありませんかっsign03

ぎゃ~っshock

気持ち悪いやら可笑しいやら。敢えて席を変わらずに、おじさんをしげしげと観察しながら更に反省していた私です。それにしても大宇宙、分かりやすいぞ。

そして、しつこいぞ~っ!

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芦屋でお会いした超リアルなサンタさんxmasshinepresent

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2017年12月18日 (月)

怒りのエネルギー

父を亡くして暫くは珍しく落ち込んでいた母ですが、デイケアで少し運動をするようになって、脚力が戻ってきました。血行が良くなったせいか、母の難聴が少し治っているのには驚きました。

元気になるのはいいのですが、彼女のお買い物癖まで戻ってきたようです。先週実家に帰ってみると、茶の間に「水素云々」と書いた包みが置いてあり、「これを売っているひとが、これからアンタにも話を聞かせに来る」と言うではありませんか。

日頃からお世話になっている親戚のTちゃんの紹介でやって来た「親切でとてもいい人」が、「健康にいいと説明してくれた」「その人は、これを沢山の人に紹介して歩いているらしい」

…って、それは例の「〇〇〇商法」sign03

「ちょっとお母さん、一体いくらなの?」

「30万」

「ぎゃーーーーっshock

幸いまだ買ってはいない、ということだったので、約束の時間に玄関のチャイムが鳴ると、私は包みをひっつかんでドアを開け、「これはお引き取りください。もうこれで最後にしてください。Tちゃんとの親戚づきあいはしますが、こういうお話は困ります。Tちゃんには私から電話しておきます」と言葉遣いは丁寧でも、明らかに不愉快そうな語調でまくし立てました。

大人しく帰っていく相手に「もう来ないでください」とダメ押しするほど、私の中に怒りがこみ上げていました。独り暮らしの老人の寂しさに漬け込むやり方に、断れない相手に紹介させる商法に、兄や私に相談もせずに高額商品を買おうとした母に、私の中の「正義」が「許してはならぬ」と「怒りの裁き」を下していました。

巧みな商法のカモになっていること、そういう相手にはどう対処しなければならないかということ、、、私の中の「正論」を母に「言ってきかせ」ましたが、半分も伝わっていませんでした。「正義」と「正論」を振りかざしながら、自分の右肩から背中にかけて、熱い痛みが走りました。

筋肉がキューッと縮み上がり、真っ赤に熱した鉄の棒になったような感覚。「痛い、すごく痛い。これって以前も感じたことがある」

うつが発症し突然動けなくなったあの夜でした。肩の違和感がなんとも不快で、背中が鉄板になったようなって、寝返りもできませんでした。あの時と同じ。「アイツの生霊が憑いた」「こんなことになったのはあの人のせい」「私は正しいことをしてきた」「悪いのはみんな他の奴ら」…原因は全て外だと信じていた時に感じた痛み。

でも、自分を動けなくしたのは、私の中の激しい怒りだったのです。そしてそれは、「私の気持ちが何故あなたには分からないのか」という深い悲しみであり、「今までもこれからも、誰も私のことを分かってくれない」という恐れでもありました。あの時はそれに気づかなかったために、怒りと悲しみをずっとかかえ続けていました。

幸いなことに今回は「原因は自分だ」と分かりました。気づきさえすれば、手遅れになる前に手放すことを始められます。

まだこんな所にあったのね、、、懐かしさすら感じるような古い傷の残り火が、体の中でくすぶっているのを、しばらく感じ続けていました。

身近な人は、自分の中の奥深い感情に気づく手助けをしてくれます。時に痛みを伴って。そう分かれば、痛みすらも有り難い存在なのかもしれません。

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晴れても降っても、窓の外の景色は美しい

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2017年12月12日 (火)

病室にて

今月も滋賀県の病院へヒーリングボランティアへ行ってきました。

徳島から現代レイキの実践者がボランティアグループを立ち上げ、毎月の様に何名かが参加してくれるのを、大変心強く感じています。彼女たちは徳島でボランティアできる施設を探している最中です。私も、石川県または北陸の、できれば医療関係の施設でボランティアをしたいと思っています。

患者さんは、何をされるのかもよく分からないまま申し込んでくれます。
「いつも通りに楽な姿勢でどうぞ」「目は開けていても閉じていても、起きていても眠っても、しゃべっていてもいいですよ」「姿勢は遠慮なく変えてくださいね」「このお部屋は眺めがよくて気持ちいいですね」など、なるべくリラックスしていただけるように、明るく静かに話しかけます。

今回はおふたりにヒーリング。始めた途端に、温かく細やかな振動が伝わってきました。布団の上からそっとてを当てているのに、「足首が温かい」「これは何かしら。手が…手が…」と言ったまま、目を閉じてしまわれました。

もう一人の方もすぐに寝息が。暫くして寝言も。あとで「とても良かった」と感想をいただきました。

ヒーリング中に、自分の丹田があつーくなってきました。一緒にヒーリングをしていた実践者が「途中で突然、朝からの生理痛が治った」と言っていました。面白いですね。

来月もまた会えるかもしれません。もうお会いできないかもしれません。すべては大いなるものに任せるので、どちらでも受け入れます。

人間界に来たばかりの魂はとても清らか。同様に、人間界をそろそろ終えようとしている魂もどんどん清らかになります。そんな魂に寄り添い、よいエネルギーを与え合う時間が、ただ有り難いそう思えます。

クリスマスにぴったりのプレゼント交換でした。snowpresentxmas

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2017年12月 2日 (土)

光と影

ほぼ毎月の大津でのボランティアは午後からなので、午前中に京都を歩くことにしています。もともと観光とか旅行とかが嫌いなズボラな性格で、用事がない限り出歩くことはありません。でも、人としてこんなことでいいのかと反省し(嘘です)、目的もなくブラつく練習を始めました。

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11月は国宝展に行きました。入場料を払ってからの大行列。建物に入ってからの大渋滞。並びながら「全部観ないで帰ろう」と決める。やっぱりズボラ。

その決心は大当たりでした。一階の最初の展示、金剛寺の大日如来さんと仲良しになったので、すっかりお腹いっぱい。もう後はどうでもよくなったからです。

入り口で横からの姿が見えた途端、如来さんは自分の口で「どーん」と言って歓迎してくれました。

次に「どや?」と言って笑いをとりにきました。さすが大阪出身。

太陽の化身?でありながら、地球にどっしり座っている。こちらも椅子に座ってゆっくりと向き合いました。いるだけで満たされる。

所々はげ落ちてはいますが、金箔が残った体は、薄暗い展示場でひときわ輝いていました。「ああ、これが光」「しかもあったかい」「黙っていてもフレンドリーだね、あんた」「影があるから光の方向が分かるのね」

ことばのない会話を続けた後、思い切って聞いてみました。「光と影は両極ではなく、程度の差ですか。」「闇は光の量が不足している現象ですか」「光があるから影ができるのですか」

大日如来さんは即答でした。

「そんな細かいこといちいち考えんでええ」

そして再び「どーん」と言って

「これでいい。これでいいんや

何が「これでいい」のやら説明もないのに、すごく納得していました。

今年の夏のちょっとごちゃごちゃした体験がいったい何を意味したのか、それから暫くして明らかになり、今まで進んできた方向が間違っていなかったと確認できました。

これからもズボラですが、どーんと居るだけであったかくてオモロイ存在を目指しますね。

最初に決めた通り、他の国宝は観ずに帰りました。ごめんね、頼朝。 今週のボランティアの前はどこに行こうかな~

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