カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2017年9月16日 (土)

明治天皇御製 2

白山比咩神社の手水舎に明治天皇の御製(和歌)が掲げられています。

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受けつぎし わが国民の安かれと 祈る心は神ぞつくらむ

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最近御製が変わっていました。

我が国は神の末なり神まつる昔の手振り忘るなよゆめ

臼井霊気療法の創始者臼井甕男は、明治天皇の写真を初めて見た時、その写真から放射される強力な霊気に衝撃を受けたそうです。そして、10万首近くの御製の中から125首を会員は心の糧とするように教えました。

和歌というと難しいイメージがありますが、今で言えば有名人のTwitter…日頃思っていることを短い文で発信している…そう思えば親しみを感じます。

「人生って思い通りにならないことばっかりだけど、あとで振り返るとそれが自分のためになってるよね」とか

「子供ってすっごく正直に表現する、ほんとに心がきれいだよね」とか

「親からみたら何歳になっても子供は子供」とか

あ、それそれ、あるある、っていうつぶやきが満載です。

日本人って昔からつぶやくのが上手かったのね。

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レイキ実践者の視点から明治天皇の御製125首を解説したものです。500円

関連記事:雄々しい--明治天皇御製(白山比咩神社) 明治天皇御製(ぎょせい)

ホームページ LET'S REIKI

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2017年9月 1日 (金)

ホームページできました

はー、やっとできました。本日より新しいホームページLET'S REIKIの大公開です。 

顔写真(寝顔も含む)の掲載を快く承諾して下さった皆様、ありがとう。ペットちゃんのお顔も貸してくれてありがとう。 

9月1日という切りのいい日に公開できて嬉しいです。

こちらのブログから移行するページやリンクの貼りかえもあり、ちょっとモタモタしていますが、自分で少しずつやっていますので、お許しを。 

造園業者が去った後、ひと雨ごとに雑草君が顔を出すので、毎朝ポチポチ草むしりをしている私です。 

HPも庭仕事も、要はプロに頼み、細かいところは自分で愛情込めて手をかけていますpaper 

私の成長と共にお楽しみくださいませ。

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2017年8月22日 (火)

困った時の解決法

10年ほど前に手作り感満載のホームページとブログを始めました。携帯からは見にくいというお声をいただいて、こちらのブログに移行して一本に絞りました。それからもう8年も経つのですね~。

ウェブの知識なんて何もなかった私が、手当たり次第にクリックしまくって、どうにか続けてきました。

そして数か月前から、もう一度ホームページ制作にとりかかっています。もそっと老眼に優しいものにしたかったこともありますがeyeglasseye私の行動の大半は、たいして立派な理由がありません。

今回も分からないことばかりでしたが、例によって手あたり次第。ポチポチと進む日もあり、しばらく忘れていることもあり。

ええぃ、ものはついでだ、短いアドレス(専門用語では独自ドメインとかなんとかいうらしい)も取っちゃえ…と突然思いついたところで「手あたり次第戦法」が行き詰りました。画面に次から次へと現れる「なんちゃらかんちゃらをどうしますか?」という質問の意味がさっぱり分かりません。

そこで突然先月の出来事が脳裏をよぎりました。

我が家の庭に無計画に?植えた木々の枝が茂り過ぎ、その下には数十年ため込んだ伐採後の大きな枝が山になり、それに雑草が元気よく絡みついていたので、通行不能になっていました。主婦の草むしりでは到底解決できない→解決できないので何年も放置…

ど、どうするんだ?

悩める主婦を救ったのは、若くてイケメン揃いの造園業者でした。豪雨の中rain草刈り機やチェーンソーの轟音をとどろかせ、ジャングルを消し去ってくれました。長い枝や不要の木がなくなり、庭が明るくなりましたsun彼らのずぶ濡れの後ろ姿が、とても神々しく見えたのは言うまでもありませんshine

なーんだ、何年も悩まなくてもよかったんだ。自分で頭や体や時間を使って疲弊する必要はないんだ、困ったらプロに頼めばいいんだ。

迷わずプロに連絡を入れ、すぐに対応していただきました。

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無言でサクサク進めてくれる姿が、頼もしい大工さんに見えたのでした。

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私が少しでも自立できるよう、私の能力に合わせた的確なアドバイスをくれるところが本物です。

困った時も困らない時も、不得意分野は人に頼めばいいのです。誰に頼むかはやっぱり気分次第の私ですが、「この人に頼んでよかった」と思えることが増えたってことは…

「私も結構いい感じなんだな、へへへ」って、自画自賛の一日でしたscissors

新しいホームページの大公開はもうすぐです。お楽しみに~

 

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2017年7月 6日 (木)

同じものを食べる、同じエネルギーを共有する

通訳をさせていただいたイギリスのカップルはフルーツと水しか摂取しないという厳格な食生活を守っていました。実家からパイナップルを持ってきたから食べない?と勧めると、フルーツバーを一個食べるからそれでいいです、という返事。私が興味を示したので一本分けてくれたうえに、イギリスへ帰国してからひと箱送ってくれました。

よほど物欲しそうな顔してたのか、ワタシ…coldsweats01 でも嬉しい~

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ナッツとデーツだけとか、ナッツとデーツにココアとレーズンを足しただけとか、とにかく原料がシンプル。デーツの甘味で満足感があります。

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カシューナッツとデーツだけ!のバーをマスターの会のおやつに持っていきました。

場所を貸してくださったヒーリングルーム幸さん のおもてなしのコーヒーとお菓子、参加者のなかやまさんの江戸土産や手作りのパンなど、豪勢な休憩タイム。

同じものを食べながらお互いの体験談を話し合うって、楽しいですね。その中にレイキ実践のヒントがいっぱいありました。

今回のマスターの会は幸さんの言葉がきっかけでした。「遠隔を送っているとなんとも気持ちよくなって、ほんとに幸せになる。これって変?」

「あら~、そんなことレベル4のテキストに書いてあるわよ」

「えー?」

ただ読んでいるだけだとすぐに忘れてしまいます。でも、実際に体験してその後で言語化されたものを読むと、「そうそう、そうなんだよねぇ」とすごく納得できます。レイキは学習ではなく実践。使ってナンボや、と常に私が言うのはこのためです。(マスターの皆さんはテキストから探し出してくださいね)

美味しい物を一緒に食べるのは、いいエネルギーの中に一緒にいるのとよく似ている。高い波動の中で一体になり、不要なものを一緒に手放します。そこには「癒す人」と「癒される人」の区別がありません。正しいヒーリングをすればヒーラーもしっかり癒されます。

イギリスのフルーツバーは交流会のおやつに持っていきます。お楽しみに~

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2017年7月 2日 (日)

言葉と心に要注意

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神様の前で有難い祝詞を聞いて、今年前半の穢れをチャラにしていただきましたよ~、へっへっへnotes

さぁ、今からまた穢れて、、あ、いや、今度こそ清く正しい半年を過ごしますぞ、きっぱり。

最近なぜだか言葉にしたことがすぐに現実にsign01

「ああなるかもぉ~」なんて言おうものなら、すぐにそうなってしまう。

「あいつはアホや」なんてうっかり口を滑らせると、自分がもっとアホやと思い知らされる。

速い、速すぎるぞ!

このスピードに慣れていないから、アホな私は「つい、うっかり」が多すぎる。

そしてなんだかもっと速くなりそうな、口から出る前に、ただ思っただけで現実になりそうな、そんな嫌な予感がする。

そうなると、言葉と本心が別々というワザが使えなくなるじゃないか。正直に生きるしか方法がなくなるじゃないか。

あ、しまった!「そんなことになりそうだ」って口に出して言ってもうたぁああshock

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2017年5月28日 (日)

指輪の思い出

父の一周忌は親戚が集まり賑やかに行われました。何十年ぶりかに会う母方のいとこ達…長崎県平戸のネイティブ・ラングエッジは時々理解不能でしたがcoldsweats01遠路はるばる(青春18切符で)来てくれる気持ちが有難い。母も懐かしい話ができて嬉しそうでした。

葬儀や法事にキラキラ光るものは身につけないのがエチケットと知りつつ、キラキラ光る青い指輪をつけて行きました。

これは母が若い頃つけていたものです。半世紀前はまだ指輪はぜいたく品で、母が指輪をするのはお出かけの日だけでした。黒いコートをまとった母が赤い口紅をひき、最期にこの指輪をつけるのを見ると、なんとなく「行くぞ!」という気がしたものです。

実家の断捨離を始めた数年前に、そのことを思い出して、「お母さん、昔していた青い指輪ある?」ときくと、「?」という顔をされましたが、細かく説明すると、「ああ、アレね」とようやく思い出した様子です。キラキラとした青の美しさは健在で、私の指にすっと馴染んだようでした。

「これ、私にくれない?」「いいわよ。東京にいた時お父さんが買って来たの。」「これ本物かしらねぇ」「偽物に決まってるわよ。あの頃とっても貧乏だったんだから、高い物なんて買えるわけがない。」とにべもありません。それをいいことに有難く頂戴して帰りました。

今回、その指輪を母に見せると「これ、初めて自分で買った指輪よ。高かったんだから~」とノタマうではありませんかsign03 「え?お父さんが買った偽物だって言ってたわよ!」「え?あら?そうだったかしら~。これきれいよね、本物のサファイアよ。私の誕生石だから」

見事に記憶が塗り替えられていましたshockい、いったいどっちが本当なんだっsign02

父が買ったもの、というので一周忌につけて行った娘の気遣いは、みごと水泡に帰したわけです。しかも例のポジティブ変化球で

まっいいか、どっちでも。私の中のいい思い出とリンクしているのだから、今私がつけているものは、私の中では「ホンモノ」だ。

おかげさまで、人の記憶がいかにいい加減なものかを教えてもらいました。母だけではありません。私だってその時々で勝手な塗り替え作業をやっているはずです。

「あの日あの時アイツがあんなことを言ったから」

長いこと「疑うことのない事実」として存在していたことも、もしかしてそれは塗り替えられた後のあやふやで自分本位な思い出なのでは、、、と教えてもらいました。しかも面白おかしい形で。

そんなこんなの私の心の変化なんかに関係なく、指輪はキラキラ、天上で父はニコニコなのでありました。ringshine

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2017年5月13日 (土)

感情を解放する

父が亡くなってからはなるべく実家の母を訪ねるようにしています。庭の掃除や、断捨離や、病院への付き添い…一泊や二泊の滞在はあっという間です。

明日の昼には帰る、という時に「あー明日からまたひとりか。さびしいなぁ」と大きな声で独り言(?)を言われました。作戦とまではいかないのでしょうが、相手の立場より自分の感情を優先する直球ストレートは彼女の得意技。自分にはない技の持ち主には太刀打ちできません。

配偶者を亡くしたばかりの1人暮らしの高齢者だから、あと暫くの辛抱だからと、母の言葉を黙って聞いていると、子供の頃についた小さな傷たちが浮き上がってきていました。たぶんひとつひとつは単なる「言い間違い」とか、「聞き間違い」とか、「すれ違い」とか小さなものなのだろうけど、まだ鎧で防御することを知らなかった無垢なハートにはキツかったのです。

なぜだか分からないけど、今まで上手にまとってきた鎧が、ここにきてスッポリと外れてしまいました。

「私だってさびしかった!」と下手くそながら直球のつもりです。

母の顔の前に大きなクエスチョンマーク「?」がポッコリ浮かんでいます。

『しまった、伝わっていない。』

仕切りなおして、「あなたの娘で私はずっとさびしかった!」「私がさびしいと言ったとしても、お母さんは聞いてくれなかったやろ」

「だって、あの頃は忙し…」

予測していた言い訳を途中で遮り、「いつもいつも、忙しい、忙しいって!」

そして最後のとどめは「お弁当もろくに作ってくれなかった」

孫もいて正真正銘のおばあちゃんの私なのに、相手は1人暮らしの高齢者なのに、私は小さな子供に戻っていました。さびしいと感じてはいけない、~~をしてほしいと言ってはいけない、言っても聞いてもらえない…ずっと大切にしまっていた感情の、「解放」と言えばかっこいいのですが、もはや「爆発」でしたbombannoy

夜のヒーリングもせずにそのまま二階にあがりました。 やけに濃度の薄い涙が星飛馬のナイアガラ涙(T_T)のように流れたあと、不思議なくらいに心が穏やかになっていました。その次に猛烈に眠くなり、あっという間に爆睡--翌朝の目覚めはとても心地よい物でした。

帰る前にヒーリングしていると、「昨夜はよく眠れなかった。昔のこと思い出したり…。ごめんね、色々思い出させて…」と母。私の下手くそな直球でも、なんとか受け止めてくれたようです。

玄関でハグをして別れる時「あの頃、夢中だったの。子供を一人前にするために」 とダメ押しの言い訳。でも自分の心が晴れ晴れしているので、それは許せました。

…が、「頑張ったのよ、お父さんとふたりで」って、おい!「お父さんの給料が安いから、私が働かないと食べていけない」ってのが口癖だったよね、確か!いつの間に、「ふたりで手を合わせて歩んできた」に記憶をすり替えたんだ!!

この速攻ポジティブ変化球も、昔から彼女の得意技だったのです。そして私にはやっぱり太刀打ちできない大技なのでした。心が晴れ晴れしていたので、これも簡単に許せました。

更に不思議なことに、夫に対するわだかまりもずいぶん緩くなっていることに後日気がついたのです。感情の解放(爆発?)恐るべしhappy02

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今回も数袋の古い服を処分。物も感情も不要なものは外に出たがっています。埃だらけなのに、しっかり握りしめて自分を息苦しくしていたのは自分です。

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2017年5月 9日 (火)

戦争と平和 (いつかどこかで11)

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幼稚園から小学校低学年まで、よく見た夢がありました。

暗く細長い何かの中、10名近くの「部下」の前で、重大な命令を下そうとしている私。直立不動の「彼ら」の顔はススで汚れているのに、一列に並んで前方を凝視する瞳だけが輝いていました。

「行けと言ってください」「あなたの命令のために命を捨てましょう」という心の声が聞こえました。私のゴーサインで彼らは全員死にます。その覚悟が彼らには既にできています。勿論私も死ぬことになっていました。

その時、彼らの後ろに沢山の人たちの姿が見えました。故郷の家族、友人、恋人…10名ほどの人間の死がもたらす、数えきれない人たちの嘆きと悲しみを痛いほど感じました。

しかし、本国からの命令は絶対で、他に方法はありません。「行け」と言うしかないのです。

その一瞬の迷いの時に必ず目が覚めました。

いつものことだったので、「あぁ、またあの夢をみたのか」と、ごく当たり前の感覚でした。むしろ、何か懐かしい感じがして余韻にひたっていたと記憶しています。

次第にその夢を見ることもなくなり、いつしかそんな夢を見ていたこと自体を忘れてしまっていました。

ここ数年でしょうか。レイキ実践をするようになって、突然思い出しました。

あれは大きな船の底か潜水艦の中だったのでは。日本かしら外国かしら。いつの時代だったのでしょう。

臼井霊気療法には海軍の人たちも多く入会していたというから、もしかしてあの時の「私」も?などと妄想は膨らみますが、何の証明もできません。前世があるかどうかも、死んでみないと分かりません。

確かなことがあるとすれば、今の私は戦争が嫌い=平和がとても有り難いと思っていること。

映画のスクリーンで、主人公以外は虫けらのように吹っ飛ばされるシーンがあるけど、そして、敵は全て邪悪っていう設定なんだけど、吹っ飛ばされる敵兵ひとりひとりに、家族、友人、恋人がいるんだよねー、と思いながら見ています。

ひとりひとりに人格と人生と、そして人との関わりがあります。そこに思いを馳せることができる場所と時代に生まれてきたのは、本当に有難いと思います。

あ、それから海底とか、暗くて狭くて出口がないところとか、今もあんまり好きじゃないんです。前世があるかどうかは不確かなんだけどねwink

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2017年5月 3日 (水)

天の声?

時々やってくる無性に眠い時期

朝に爆睡、昼に爆睡、夜に爆睡sleepy

お酒を飲みたくなくなって三か月

おまけに食欲までないこの頃

どうなるの私…いいのか私sign02

って考えることもできず爆睡sleepy

誰も逆らってはならぬ、天の思し召しに

とりあえず眠りますsleepy

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2017年3月31日 (金)

最期の時に

月一回の凪(なぎ)のいえのボランティア・ヒーリングに行くと、オーナーのまち子さんから「ふみさん、Mさんってご存じ?まぁ、とにかくこちらへ」と奥の部屋へ案内されました。

まち子さんは「病院で最期を迎えるには抵抗があるけれど、自宅での看取りは困難だという人をお世話したい」という望みをもっていました。 そして、ちょうど数日前に初めての利用者さんを迎えたところだったのです。そして、その方が私と同じ町に住んでいたので「もしかして知り合いかも、、、」と察してくれたのです。

彼女の勘はみごとに当たりでした。

30年以上前に、私はMさんのお嬢さんのさっちゃんに英語を教えたことがあったのです。彼女は「どんな大人になったのか会ってみたいなぁ」と今でも思わせてくれる、明るく真っすぐな中学生でした。そのさっちゃんが東京から来てお母さんの傍にいたのです。

「まぁー、何年ぶり?まさかこんなところで会えるとは!」と、お互いに再会を喜び合っていると、Mさんのお姉さんと弟さんのお嫁さんもお見舞いに来られました。おふたりの息子さんたちにも英語を教えたことがあったので、またしても「まぁー、まさかこんなところで!」

説明もそこそこに、幸さんとふたりでヒーリングをさせていただきました。頑張っているさっちゃんや、膝が痛いというお姉さんにも手を当てながら、さっちゃんの子供たちの写真や動画を見せてもらって、わいわいがやがや。

母の最期を看取るという大仕事の最中に、「お母さん、みんな来てくれてよかったね」「お母さん、ほら見て、~だよ。」と明るく優しい声で話しかけるさっちゃんは、あの頃と少しも変っていませんでした。

いざという時こそ、その人の全てが出るもの。何も聞かなくても、彼女がどんな毎日を過ごしているかが分かりました。

返事はありませんが、娘さんや私たちの声は確かに聞こえているようです。Mさんの瞳に輝きが戻ってきたように見えました。時々両腕を動かし、片方の足も一瞬ポンと動きました。愛する人たちに囲まれて安心されたのでしょうね。

「また来ますね」と約束して帰りましたが、翌朝訃報が届きました。凪のいえでのお通夜では、やはりあの頃と変わらないさっちゃんが、暖かく堂々とした挨拶をしてくれました。きっとそれを聞いていたのでしょう、Mさんのお顔は元気な頃に戻られたかのように穏やかでした。

偶然が偶然をよんで、すべてがレールに乗せられていたかのように事が運び、Mさんの貴重な時間にご一緒させていただけました。有難いことです。

レイキの力を借りて実家の父を送った経験、緩和ケア病棟でのヒーリング、多くの方たちとの出会い…全てが一致団結して?私をここに導いてくれた気がします。人のために何かできないかと思い始めた、そのベストのタイミングでした。

大いなるものへの信頼と、自分はただの通路であるという謙虚さを忘れずに、これからもできることから少しずつ続けていきたいと思います。Mさん、そして皆様、本当にありがとうございました。

後日、さっちゃんからは「何かに導かれたような、不思議で、そしてとても有難い数日間の巡り合わせでした」、そしてまち子さんからは「凪のいえで新しい試みを始められそうですが、自分はただの通路だと教えられました」というメールをいただきました。

3人とも同じことを感じていたなんて、これも偶然なのでしょうか。いえ、それ以上かもしれません。

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