カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2018年11月22日 (木)

「食べない、死なない、争わない」稲葉耶季(やすえ)

食べない、死なない、争わない (人生はすべて思いどおり--伝説の元裁判官の生きる知恵)

そんな経験の直後、図書館から借りていた本にこんなことが書かれていました。

「日常生活で『争わない』『戦わない』コツは、人を批判しないことです。人と話していて、自分と違う意見だと、相手を批判したり、説き伏せようとしたりする人が多いのですが、それをやると争うことになってしまいます。

『あなたのお考えはそうですか。あなたはそういう人なのですねえ』と受け入れればよいのです。だからといって、自分の考えや行動を、人に支配される必要はありません。誰かに迷惑をかけない限り、自分を貫けばよいのです。『人は人。自分は自分』と割り切ることは、逆説的に聞こえるかもしれませんが、『不戦』につながります。」

「『争わない』を貫くには、どんなに自分が正しいと思うことでも、誰かと衝突しそうになったら、一定のところでサッと引くことも大切です。正しさをひととおり主張はするが、それ以上、相手を説き伏せようとしないという姿勢です。」

あー、よかった、危うく「説き伏せようとする」ところでした。「論戦するのはちょっと違うなぁ」と、なんとなく感じたのが幸いしましたセーフ

それにしても、まぁこんなに分かりやすく「必要なメッセージ」が届くなんて、やっぱりやるな大宇宙。

「私の体をアンタの好きなように使っておくれ~。でも、どうすればいいかハッキリ教えてくれにゃ、分からんよ。わたしゃ鈍いんだからね。」と神との対話?をちょくちょくしていたおかげでしょうか。

しかし、大いなるものはこれでも足りないと思ったらしく、メッセージのダメ押しをしてきました。

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木立性ベゴニアのミセス・ハシモト

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2018年8月14日 (火)

「二老人」トルストイ

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あすなろ書房のトルストイの散歩道の一冊。

一緒に巡礼の旅に出発した二人の老人。ひとりは目的通り、聖地といわれる場所をつぶさに訪れて帰宅します。

もうひとりは途中たまたま立ち寄った、飢えに苦しむ一家の為に、お金と時間を使ってしまいます。

このままでは旅の目的を果たせなくなる、せっかく家族がお金を出し合い、留守中の仕事を分担し、自分を旅に出してくれたのに…と迷いながらも

「よし、明日、畑も草場も買い戻してやろう。それから馬も買い、新麦ができるまでの麦粉も買い、牝牛も子どもたちに買ってやろう。でなきゃあ、わざわざ海を渡ってキリスト様をさがしに行っても、自分の中のキリスト様を失うことになる。」

と決心した彼は、この貧しい一家のために様々なものを買い、巡礼を諦め、名前も告げずに家路につきます。

どこか遠くへ行かなくては神様に会えない、凄いものを身に付け、偉い先生に教えを乞い、自分も偉くならなくてはいけないと思い込んでいる人がいます。

大丈夫です、キリスト様だか、神様だか、何と呼ぼうと構いませんが、そうしたものはすぐそこ、自分の中にあります。「自分の中のキリスト様を失わない」と決意し実行すれば、必ず私たちの中にある崇高な存在が、私たちを応援してくれますから。

二老人 (トルストイの散歩道)

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2018年6月16日 (土)

「人は何で生きるか」トルストイ

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先月放送の「鶴瓶の家族に乾杯」で、藤井フミヤさんが熊本の西原村のちいさな本屋さんに立ち寄りました。児童書を主に扱う素敵なお店です。

そして、彼が何気なく手に取った本がトルストイの民話「人は何で生きるか」

しかもそれは店主のご主人の北御門(きたみかど)二郎氏が17歳の時に大変感銘を受け、トルストイの翻訳を始めるきっかけになったたものでした。つまりその書店の原点とも言える一冊を、何気に手をとったのです。藤井フミヤさんは「俺って凄い」と自画自賛。

放映から3日後、湯川久子氏の「ほどよく距離を置きなさい」を読んでいると、なんと、トルストイの民話「愛あるところに神あり」が紹介されていました。もうこれは読むしかないでしょう、ということで早速図書館に予約をしました。「私って凄い」と自画自賛したのは言うまでもありません。

とても読みやすいのに、内容は深い。深すぎる。キリスト教、いえ全ての信仰を超えた、人間の存在の基本となる、愛しあい、許し合い、助け合うことの尊さが満載です。

関連記事 「人々のあやまちをゆるすなら」  「ゆるす?ゆるさない?」  「ライフ・レッスン」エリザベス・キューブラ・ロス  

思わず号泣してしまいました。子供でも読めるけど、これを読んで感動するには、人生をひと回りして、さまざまな感情を味わいつくす必要があるかもしれません。(恐るべし青年北御門!)

父の本棚には世界文学全集があり、当然のようにトルストイの代表作が鎮座されていました…が、登場人物が多すぎるわ、名前が長すぎるわ、ひとりの人物が複数の名前で呼ばれるわで、3ページで挫折。まさかその、にっくき大文豪が、短くて読みやすい民話をいくつも残していたとは。

まさかのおまけは、トルストイは自分が書いた「戦争と平和」(題名はご存知ですよね)など、貴族社会の物語を、後に否定していることです。文部省よ、ちゃんと調べてから教科書に載せてくれぃ。あ、今は文科省か。

家も土地も、明日の食べ物にすら窮していた靴屋のセミヨンが、冬の寒空の下で裸同然で倒れていた青年を助けて家に連れ帰ります。この謎めいた青年は、実は…

さて、ひとは何によって生きているのでしょうか。それは読んでからのお楽しみ。

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「神は人間がてんでんばらばらに生きることをお望みにならず、むしろ人々が合一して生きることをお望みなのです。だからこそ、一人一人には、自分のために何が必要かを啓示なさらず、すべての人々に、自分にとっても、万人にとっても必要なものを啓示されたのです。」

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人は何で生きるか―訳者のことばより

「芸術は一部特権階級の玩弄物であってはならず、万人にとっての心の交流の場であるべきだという思想に基づいて書かれたトルストイの民話は、老若男女を問わず、あらゆる階層の人々に親しみやすい平易さと簡潔さの中に深い心理が含まれていて、全人類にとっての最高の教科書になっていると思う。」

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愛あるところに神あり―解説にかえてより

「孔子の論語のなかの「仁遠からんや、我、仁を欲すれば、ここに仁至る」とまさに同じで、神も仁も自分の外にあるのではなく自分の心の中にある」

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論語は仁(じん)と呼び、色々な宗教が神と呼び、レイキ実践者はレイキと呼ぶ「それ」は、外にあるのではなく、内にある。それを内側から惜しみなく発した時、光り輝くのです。

あー、ちなみに、自分の事だけを考えている人の顔は、天使の目からは「死相」に見えるのだそうです。ひぇ~~、どうりで、自分勝手だったあの頃の私は体調が悪かったぁ。死神にとりつかれてたのか。くわばらくわばら

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愛あるところに神あり (トルストイの散歩道)

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2018年5月26日 (土)

「ほどよく距離を置きなさい」湯川久子

ほどよく距離を置きなさい
 

90歳の女性弁護士が綴ったもので、示唆に富んだ言葉が読みやすい文体で書かれているので、すんなりと心に入ってきます。  

相手(特に近しい人)や当面の悩みや問題と「ほどよく距離を置く」ことで、もつれた糸がゆるみ、やがてほどけるように、前向きな方向に物事が進んでいくというのです。  

著者は弁護士でありながら

 
私は、家族や人間関係において法律は、誰かを裁くためにあるのではないと思っています。」

と言っています。

「人間関係の問題を抱えている時、人は、自分の正しさを主張して、相手に勝とうとしますが、相手を打ち負かしたところで、何になるでしょうか。(中略)相手を打ち負かそうとするのではなく、心をほどいて、自分が幸せになるための選択をしてほしいと思います。」
 

感情を素直に表現するのと、思った言葉をそのままぶつけるのとは違います。(ああ、耳が痛い

「言葉は、誰かを励まし勇気づけることがあると同時に、心のもつれをほどくことなく、立ち切ってしまう「言葉の刃」となってしまうことがあります。特に夫婦間での言葉は、《言刃(ことば)》になり、それが直接的な離婚の引き金になるケースが後を絶ちません。」

「その裏には「わかってほしい」「自分を大切にしてほしい」という思いが隠れていることもあるでしょう。しかし、《言刃》は、からまった二本の意図をぶった切ってしまう「刃」です。」

かといって、言いたいことを言わずにこらえなさい、ということではありません。

「人は、一番の本音を言わず、二番目を言う。」

一番の本音が拒絶されるのは怖いものです。私たちはその恐怖からの逃げ道を用意しておくために、小出しにしたり、相手をコントロールしたりします。怖い思いをせずに一番の本音が叶うように仕向けるのです。(思い当たる、思い当たり過ぎる) でも、これで本当の思いが相手に通じることはありません。(経験済み

そんな遠回りをするよりも、自分の本音は何なのかを確認して、言葉を選びながら伝える練習をしなくちゃね。(頑張れ、私

さて、この本は偶然に、もう一冊別の本への興味も引き出してくれました。ただ今図書館に予約中です。その話はまた後日にします

関連記事 ゆるす?ゆるさない? 

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2018年2月 4日 (日)

「人は皮膚から癒される」 山口創

数年前に山口創さんの本を何冊か読みましたが、またこれを読んで「触れる」ことの良さを再認識しました。

「触れられている人だけではなく、触れている人のオキシトシンも増加する」ということも書かれています。ヒーラーも同時に癒されるレイキヒーリングとよく似ています。直接相手に触れなくてもレイキヒーリングはできますが、暖かい手に触れられるとホッとしますね。これは万国共通です。

また、「オキシトシンレベルが高い人に(セラピューティック・ケアを)施術された人は、オキシトシンの上昇が大きくなる」そうです。それに対して著者は「まさかオキシトシンが皮膚を通じて相手にしみこんでいくとか、エネルギーが相手に伝わるといった可能性はないであろうが、(略)」と書いています。

あるんだなぁ、そのまさかが。エネルギー、伝わりますよ、へっへっへ

 

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第4章「皮膚を拓(ひら)いて元気な自分を取り戻す」に、「笑うこと」「心を開くこと」「皮膚を共振させること」「感謝すること」「親切にすること」…

そして「許すこと」がありました。

「忘れたいのに忘れられない」「10年以上前の事なのに、今でもそのことを思い出すとイライラして腹が立つ」。そのような経験がある人は多いのではないか。もちろん誰かに嫌なことをされたとしたら、それをすぐに許すことなどできないだろう。しかし大事なことは、許すことは相手のためではなく、自分のためだということである。(中略)

許せないというネガティブな感情を長い間抱えてしまうことだ。それは人生の重荷を自ら背負ってしまうことになるからだ。だから相手のためではなく、自分のために許すという発想を持つことが大事だと言える。

憎ったらしいアイツの為に頭を下げるのではなく、大事な大事な自分の得になることなら、やってみる価値はあります。許すという行動をするに、もう相手は不要です。自分の心の中で雄々しく立ち上がればいいだけですから。すぐにできなくても、完全に許せなくても、やってみようと決意することから始めましょう。

著者によると、許すことで二つの効果が認められているそうです。まず、抑うつや不安や怒りといったネガティブな感情が減少する。さらに、血液中の白血球の数が増加したり、血圧や心拍を下げ、心臓病を予防する。

ほらね、やっぱりお得なんですよ。

日々自己ヒーリングで自分に触り、機会があれば誰かに触れ、明るく笑って感謝して人に親切にしていくと、許しに向かって少しずつ歩んでいけます。私もその道の途中です。どうぞ、ご一緒に。

こちら記事も読んでね↓ 

仕返しと許し  許すという行動  浄化  「ライフ・レッスン」 エリザベス・キュープラ・ロス

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2018年1月 4日 (木)

気づきとともに-人生が変わる!?

人生では様々な「まさか!」が起こります。そのひとつひとつに呪文や魔法の粉をかけて、自分の都合の良いように変えてしまったらどうなるでしょう。「なぜそうなったか」という本人の気づきが起こらないまま、また同じ過ちを犯し、また同じ「まさか!」を繰り返します。病気やゴタゴタというサインを出してまでも、内なる気づきを発現させようとした魂のチャンスを奪ってしまうからです。

商品の詳細

著者である木村藤子さんのような透視能力は私にはありませんが、この本にも同じことが繰り返し書かれていました。「自分の性格の欠点に気づき、それを直そうと努力せよ」「その気づきがなければ人生は変わらない」ということです。因果の因は、過去生や宿命のような変えられないものではなく、誰でも今日から変えていくことができる自分の内面です。

かといって、「内なる気づきがないと、あんたは一生このままやでぇ」と脅されて、「はい、そうです、私が悪うござんした」と悔い改める人はいないでしょう。私がそうでしたから、よく分かります。

レイキ・エネルギーはこの「気づき」に働きかけます。

「気づき」とは「ねばならない」という観念ではなく、「あーっ、そうか!」という内側から湧いてくる感覚です。「な~んだ、こんなことか」と拍子抜けすらする「実体験」です。

レイキ実践をしていると、病気が良くなるとか事態が好転するとか、そんな現象が起きる前に、魂の奥底で何かが起こり始めます。それが「実体験」として表面に現れるまでは、(殆どの場合)タイムラグがあるので、「何も効いていない」と感じてしまうのです。私がそうでしたから、よく分かります。

レイキ・マスターになってから10年が経ちました。自分の奥底で何が起こってきたのかが、ようように分かってきました。のんびりで鈍感な私に合わせたのか「タイムラグ長すぎやんかい!」

でもそのおかげで、有難さの度合いが百万倍です。

え?何が起こったかって?

大金持ちになったわけでもなく、超有名ヒーラーになったわけでもありません(残念)

ただ、毎日しみじみとした幸せを感じています。若干安上がりな気がしないではありませんが、こんなふうに私の人生は変わりました。そんな幸せのコツを皆さんと一緒に体験したくて現代レイキをお伝えしています。

表面的な現象に気を取られると、どうしてもエゴが顔を出します。それではレイキ実践になりません。

サイキックな能力でエゴを増長するのではなく、自らの力で地道に努力を続ける覚悟がある方をお待ちしています。

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愛と栄養たっぷりのお昼ご飯はふぅ

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2017年7月17日 (月)

癒す人と癒される人は同等 - ボランティアにて

毎月一回の滋賀県でのボランティアには、なるべく参加するように心がけています。

緩和ケア病棟ですから積極的な医療処置はしていませんが、スタッフの方々の明るく献身的な看護に、患者さんは「ここに来てから調子がいい」と喜んでいらっしゃいます。人と人との信頼関係が、心や体に与える影響はとても大きいのです。

先月も今月も、ヒーリングさせていただいた方々の話が止まりませんでした。

「レイキの事は分からないけど、楽になるなら何でもいい」…これがヒーリングを受けるきっかけなのですが、「この人は話しやすそう」と安心して、愚痴ったり笑ったりしているうちに閉じていた心が開いていくようです。

「手を当ててもらっているだけなのに、暖かくなってきた」「こんなこと誰にもしてもらったことがない」「生まれて初めてだ」「有り難い」「病気になったおかげやな」

そんなことを言っていただくと、私の方もとっても有難い。自分の胸やお腹の辺りを中心にして、あったかーい何かが広がっていくのが分かりました

レイキのヒーリングは「ヒーラーが相手を癒す」のではなく、同じ癒しの場に一緒に存在して両方が同時に癒されます。そこに「癒す人」と「癒される人」の区別はありません。どちらも大きな家族の一員です。そしてどのような気づきと癒しが起こるかは、全て大いなるものに任せます。

「来月も来ますよ」と言うと「え、ほんと?」と嬉しそうなお顔でした。殆どの方がひと月以内に天に召されます。ご縁のある方とは何回か会うことがあります。どちらも場合も双方にとって、大きな気づきと癒しなのです。

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このリュックで色々な所に行ったな~。これからもよろしくね

ボランティア関連記事

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2016年11月23日 (水)

幸せを感じる

世界の実践者が芦屋を訪れ、その準備やお世話で忙しくしていました。その一週間後にアメリカからウィリアム・ランド氏が来日し、土居先生にインタビューをしたいというので、事前のやり取りの翻訳、当日は通訳をさせていただきました。ランド氏は土居先生の「癒しの現代レイキ法」の英語版を出版した方です。英訳の見直しや、彼と土居先生の何年にも渡るメールのやり取りの訳をしましたが、会うのはこれが初めてでした。

Pa230011_2 土居先生の事務所にて

 

色々な役目を与えられ、その都度自分なりに精一杯のことをしています。「頑張り過ぎる」という癖を出さないように心がけながら。そして努力をした後は、大宇宙に結果を任せるという学びを続けながら。

レイキ実践のおかげでしょう、緊張し過ぎたり、感情に振り回されたりすることは殆どありません。それは、感情を感じていないということではなく、静かで爽やかな何かに満たされながら、多くの人たちとの出会いを楽しんでいます。「幸せ」はウキウキ、キラキラ…というより、穏やかで深いものなのでしょうね。

 

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2016年7月13日 (水)

昨日の私にありがとう

今週はご自宅に招かれてレベル2のセミナーを開き、受講生さんと一緒に自分の近未来にレイキを送る練習をしました。いつの自分にしようかなぁと考えて、帰りは大阪の母の所に一泊するので、彼女と一緒にいる自分にレイキを送ってみました。

夕方大津を出て、実家に着いたのは8時でした。動くのが段々おっくうになってきている母がどうにか二人分作って待っていてくれました。父のことを話しながら、楽しいひととき。翌日は母に代わって、猛暑の中の事務処理や買い出しで忙しく過ごしました。

その時突然、左の二の腕にドクンドクンと力強く、とても優しいエネルギーを感じました。あらまぁ、私からだわ。そうか、あなたのおかげね。やけに心が静かだわ。

遠く離れた場所や、過去や未来にレイキを送る時も、いつもの直接のヒーリングと同様に結果に集中しません。何も期待やコントロールをせずに、淡々とリラックスしてレイキの通路となります。昨日の私よありがとう。あなたって、中々いい感じの通路なのね(自画自賛)

さて、日曜日はヒーリング練習会です。レベル2以上の方は遠隔の対象を決めておいてください。過去や未来にレイキを送ることも練習してみましょう。

参加者さんで、私が読んだ本(読まずに積んでいた本)に興味がある方はお持ち帰りください。誘導催眠のCDもありますが、あくまでも自己責任で行ってくださいね。前回は交流会で好評だったので第二弾です。

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2016年2月27日 (土)

敏感すぎて困っている自分の対処法

大きな音にビックリする、人混みが辛い、繊細すぎる、人の感情に左右される、内向的…そんな人は、「神経質」だとか「性格が暗い」だとか言われ(または思い込んで)全否定されたようで嫌な気持ちになります。

おまけに「そのせいで友達が少ない」なんてことまで言われ(思い込んで)増々自信がなくなります。

でもそれは単にエネルギーに敏感だから、かもしれませんよ。

そしてそれに対処する方法があります。

変化に敏感であることで、ヒトは群れの中のコミュニケーションを円滑にし、外敵から群れを守ってきた…つまり、敏感な人たちは集団の守り神だった、としたら、なんと素晴らしい特性でしょうか!

自分の特性を生かしつつ、無駄に敏感にならず、自分軸を保っていく考え方や方法が、レイキの実践とそっくりなので「うん、うん」と頷きながら読みました。

全てを大いなる存在に預け、ポジティブな波動で自分を満たす

相手の幸せや回復を祈りつつ、境界線を守って共感し過ぎない

早寝早起きなど、肉体的にもバランスの取れた生活をする

自分で物事を決める練習をする

自分の能力と謙虚に付き合う

瞑想で脳の回路を修正する…etc

このように自分を少しずつ一生をかけて整えていけば、目の前で起きる現象に囚われない人間になり、敏感体質とも、超常現象とも健康的に付き合っていけると、筆者が体験から述べています。

子供が勉強しない時はどうすればいいのでしょうか…それに対する答え?も書かれてありますよ

本文中に滋賀県立大学教授の奥博士の言葉が引用されていました。

「人の意識は、一種の光に近い波動ではないか。意識はエネルギーを持ち、それが生命エネルギーとなる。一部は物質化して、脳や身体を形成する原資を構築していると思われる。この意識→生命エネルギー→物質への情報変換はとても重要だ。 略 遠隔ヒーリング等のメカニズムにも何らかの影響を及ぼしている可能性がある。」

この仮説が科学で証明される日も近いですね。

敏感すぎて困っている自分の対処法

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